SMとDSとDVの違いを考えてみる

仙台ぶり子

ぶり子キレイになり鯛 管理人、
仙台ぶり子です!

現在36才、出産による妊娠線が目立つので痛々しく感じる方もいらっしゃるかと思い、露出の多い画像は色を少し加工しています。

それ以外は、できる限り一般女性のリアルな情報をお伝えしていきますのでご了承ください土下座

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先日、SNSでのやり取りで、Sか、Мか、というような話になりました。

S・Mは、性の話題としてはいちばん口にしやすい単語のようで、その単語は普段下ネタを言わない方からも聞くことができます。

S、Mとは何なのか

SとはもともとSM行為を行っていたとされ、嗜虐性向( 人や動物に対して苦痛を与えることを好むこと )の強い小説家であるマルキ・ド・サドの名前が由来であり、Мとはレオポルド・フォン・ザッヘル=マゾッホという作家の小説と嗜好を元にした単語です。

Mについてはレオポルド・フォン・ザッヘル=マゾッホの【毛皮を着たヴィーナス】を読んでいただきたいと思います。 (谷崎純一郎の痴人の愛もМ的です)

また、マルキ・ド・サドは彼自身が性的暴行で死刑判決を受けており 【ソドム百二十日(淫蕩学校)】など性的に残虐な作品も残しています。

▽一度は読んでおきたい▽
  マゾッホとサド


S・Mの解釈は一般に人によって違いがあり関係によっても多岐にわたるので、恋愛関係においてのSMについてわたしなりの見解を書きます。

精神的S・M

精神的に、苦痛を与えて快感を覚えるS
精神的に、苦痛を与えられて快感を覚えるM

肉体的S・M

肉体的に、苦痛を与えて快感を覚えるS
肉体的に、苦痛を与えられて快感を覚えるM


S・Mと一言で表してしまうとだいたいは受け取る側の性的嗜好やイメージにより、発した側の思うS・Mとは違う形で解釈されるでしょう。精神的S・Mと、肉体的S・Mの割合、度合いはさまざまです。

ここでは、レオポルド・フォン・ザッヘル=マゾッホ的なМ、マルキ・ド・サド的SというガチSMを例に書いていきます。

S・Mを結び合わせてみましょう。

S→M
●Sが精神的に苦痛を与える→Mは快感を得る
●Sが肉体的に苦痛を与える→Mは快感を得る


Sが精神的苦痛を感じさせようとしても、Mは結果的に喜んでしまいます。
これではSにとってはただのSMごっこです。


Mは相手に喜ばれるために苦痛を与えられ、喜んでもらえたことに快感を得ているか、自分の欲求を満たされて快感を得ています。

Sは純粋な苦痛を与えることが出来ないため、快感を覚えることはできません。

しかし、Sが快感を得るために喜びの無い精神的・肉体的苦痛を相手に感じさせてしまっては”恋愛関係”は成立しません。場合によっては”犯罪”となるでしょう。


恋愛関係が成立しないほど精神的苦痛・肉体的苦痛。
これは【マルキ・ド・サド】 S 的嗜好ではないかと感じます。

これを成立させるために、わたしが思いつく限りではひとつ、このような方法があります。


飴と鞭


精神的・肉体的苦痛も与えつつも、時には優しいところを見せて、継続する。

これがDVです。

現実的なSMはマゾッホ的に

◎恋愛関係における、健全・現実的なSMは次のようなカタチではないでしょうか。これはマゾッホの毛皮を着たヴィーナスの作中にも描かれています。

Mが服従したい相手を選び、主人とします。
健全なSMプレイであるためには、主導権を握るのはMでなければなりません。

МはSからの指示や与えてもらうもので快感を得ることが出来れば関係を続けますが、嫌であれば別れを選ぶことができます。


SはMのために快感を与えます。
Mが快感を得ることで喜びを感じられるSは、これを自然に行うことができるでしょう。



例として、経験談をひとつ書きましょう。


彼は見るからにMであることを感じさせる雰囲気の優しく穏やかな人です。丁寧に尽くすタイプなので、ソフトであれば相手のためにSとしても演じることができます。

しかし、彼は実際にはMです。

ある日、わたしに顔面●●●をせがんだり、縛って欲しいと要求しました。
彼は、わたしをSとして扱おうとしたのです。

その瞬間、わたしは指示される側になったことを、ハッキリと感じました。

ご自分の経験からも、想像していただければ身近なものに感じられるのではないかと思います。




S=(従属者)大きな愛情と思いやりで包んで、喜びを与える人

М=(支配者)大きな愛情と思いやりに包まれて、喜びを表現する人


というのが恋愛関係における、健全な、一般論としてのSMではないでしょうか。

SMに似たDS(ドナミント・サブミッシブ)の世界

似たものにDSというものもあります。

DS

ドミナント(支配嗜好者)=D
サブミッシブ(被支配嗜好者)=S

DSという、支配し、支配されることで快感が得られる性的嗜好もあります。

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正直、定義が曖昧ですし自称ドナミント・サブミッシブが増えているのですが。わたしなりの見解を書こうと思います。

先ず最低限の定義として、ドナミントは【支配的】【優位に立つ】という意味を持つ言葉です。


よってドナミント(SМのSにあたる)はサブミッシブ(SМのМにあたる)が服従したくなるような相手でなければなりません。

先のSМでも書いた通り、双方同意の上でしか(最低限・現在の法律上)成り立たないので当然です。

「冗談でも貴様の下手に出てたまるか」
or
「この人だったら下手に出てもいいかな」

自分を下手にしてでも服従したい相手。圧倒的支配力が必要になります。

仮に、美しいサブミッシブがいたとして、どれほどの競争率でしょう?
サブミッシブはドナミントを選びます。

その上でドナミントは支配欲を満たし、サブミッシブはドナミントの支配欲を満たすことと自分自身が支配されることで喜び安心を得ます。

支配的な親(愛情表現)と従順な子(従順であることで親に喜んでもらえる、支配されることで責任から解放される安心感)の関係にも似ているかもしれません。

サブミッシブはときにドナミントを喜ばせる程度のわがままを言うこともあるでしょう。

SМとの大きな違いは、SМ(特にS)は肉体的な性的快感が目的であるのに対し、DSは精神的な支配・被支配が目的というところです。

DSにとってSMプレイはその延長線上にあると言えます。

SМとDSとDVの違い

SМとDSでは、相手に喜んでもらいたい、何かしてあげたいという自発的な気持ちが基本になっています。

DVに見える場合も、相手が喜んでいたり、期待しているのを見極めた上での支配であればその瞬間はプレイとなりますが、

恋愛感情が冷めたときにその行為をどう感じ、どう処理するのか全く予想できません。


汚らしい相手と感じるような別れになれば、あの行為はDVであったと『思い込む』場合もあるわけです。

性愛の技巧は、愛情・情熱に比例します。
好きな相手であれば、自然と相手の心や体を丁寧に手入れするような行為になるものです。

SМと書いてしまえば下卑たものを想像する方もいらっしゃるかと思いますが、実際に成立したそれは信頼や愛情の結晶と言えるのではないかと思います。